事業内容

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鋲螺(びょうら)って?

ねじ、ボルト、ナットなどのパーツ、それが鋲螺です。ねじは「産業の塩」と呼ばれ、あらゆる産業の基盤となっています。普段の生活で意識することはあまりないかもしれませんが、実は、身の周りのいたるところで活躍しています。少しあたりを見てみてください。テレビ、パソコン、机、腕時計、スマホ、ビル、橋・・・このように、身近な生活用品から各種機器、建造物まで、ありとあらゆるところに鋲螺は存在しています。現代社会は鋲螺なしには成り立たないと言っても過言ではありません。そして、モノを「締結」する製品では、ねじ以上に最適なものは今のところないと言われています。モノとモノをつなぐ鋲螺は、縁の下の力持ちとして、陰ながら、それでいてしっかりと、社会を支えているのです。
また、鋲螺はいわゆる「消耗品」で一度使用されたものは二度と使用されないため、不況にも強く、安定したマーケットを持つ商品です。 小林産業は、こうした絶えない時代のニーズに対応し続けることによって、安定した収益を確保している商社。これからも、その姿勢は変わりません。安定したマーケットに甘えることなく、時代時代のニーズに的確に応えながら、安定した収益構造を未来につないでいきます。

 

 

 

鋲螺の歴史

ねじの始まりについては諸説ありますが、ねじの形状をした一番初めのものは、アルキメデスが改良した灌漑用のポンプだと言われています。これにより、ハンドルを回して楽に水をくみ上げることができるようになりました。その後、オリーブやブドウを絞ったりするなど様々な形でねじは応用されていきました。15世紀ごろには、画家として有名なレオナルド・ダ・ヴィンチがねじの重要性を説き、16世紀にはイギリスでねじを切る(ねじのギザギザを作ること)機械が開発されました。
一方、日本ねじの歴史はは火縄銃が伝来した1543年に始まります。火縄銃の銃底をふさぐための“尾栓”に、今で言うボルトが使用されており、それがねじ込まれる筒の部分が今で言うナットの形状になっていました。
そして19世紀ごろヨーロッパでは産業革命により大量にねじが生産されるようになりました。日本も様々な生産設備や機械と同じようににねじ部品も幕末から輸入され、明治に入ると機械商や地金商がイギリスから大量のねじを輸入するようになりました。明治30年代には、ねじを専門に扱う商社が生まれ、大阪立売堀にねじの問屋街が出現しました。
その後、官営八幡製鉄所に大規模なボルト工場が設置され、工業的生産が始まりました。そこから生産技術、品質の向上を遂げ、現在に至ります。

 

小林産業って?

小林産業は、鋲螺・建設資材の専門商社としてお客様のニーズを知り、メーカーの強みを知る存在です。 お客様にとっては小林産業一社に発注することで、幅広い鋲螺の選択肢の中から自分の必要とする商品を手に入れることができ、メーカーにとっては商社を介することで、 効率的かつ安定的な生産と販売が可能になるというメリットがあります。 当社は、メーカーとユーザーをつなぐ存在として、両者の間で大きな存在感を発揮しています。 小林産業の創業は、1926年(大正15年)。2016年に創業90周年を迎えた、業界でも屈指の老舗商社です。当初は、鋲螺類全般の卸売を目的に発足し、以降、取り扱い商品や事業フィールドを徐々に広げながら、2013年7月には市場統合により、東京証券取引所市場第一部に上場しました。90年以上の歴史の中でつないできたのは、お客様との信頼の絆。「小林産業にないネジはない!」そんな豊富な品揃えと品質の高さを礎に、顧客第一主義の営業活動を展開することによって、お客様の信頼を築き、現在の業界トップクラスのポジションを手にしました。

 

 

 

 

 

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